くもの糸
佳作 くもの糸 井川 實(いがわ・まこと)・東京都・75歳 七歳のとき戦争が終わって、私は母に連れられて三人の兄妹弟とともに疎開先の瀬戸内海の小島を発って、母の故郷である阪神間の芦屋市へ引き揚げた。戦時中に父を失い、二 …この空間のどこかに
佳作 この空間のどこかに 妹尾千夏(せのお・ちなつ)・兵庫県・38歳 「じゃ、二時間後に、ここで」 満面の笑顔で手をヒラヒラと振りながら、ついさっき会ったばかりの二人は別れる。 それが私たちのお決まりのスタイルだ。 …「ときめき」第一号
佳作 「ときめき」第一号 鈴木美紀(すずき・みのり)・宮城県・15歳 あれが私の「ときめき」第一号だったのだろうか。当時はまだ幼く未熟だったので、自分の気持ちを分析することも言葉で表現することもできなかった。しかし、あ …「ことば」再考
佳作 「ことば」再考 中川あかり(なかがわ・あかり)・滋賀県・16歳 「マンマ」……私が生まれて初めて話した「ことば」。母は今でもその時の喜びを鮮明に覚えているそうだ。子どもが「ことば」を話し …帰ってきた「父の遺書」
佳作 帰ってきた「父の遺書」 竹浪和夫(たけなみ・かずお)・青森県・67歳 骨髄せんい症という難病で、入退院を繰り返した母が逝った。残された父も、母の三回忌をすませると肝臓を病んだ。 父は戦後幾つかの職を転々とした後 …産まれるときも
佳作 産まれるときも 廣瀬郁美(ひろせ・いくみ)・東京都・35歳 突然、じわじわとした痛みがこみあげてきて、にんじんを切っていた手を止めた。庖丁をそっと置くと、恐る恐るおなかに手を置く。 「ふーっ、ふーっ」 あせる気 …土ってあったかいね
佳作 土ってあったかいね 小島映代(こじま・てるよ)・福岡県・34歳 ザクッ、ザクッ、ザクッ、カツンッ。 額から湧き出る汗を拭い、鍬(くわ)を大きく振り上げ土を興す。たった二十畳程の小さな家庭菜園を耕しながら、ふと空 …「塩狩峠」へ
優秀賞 「塩狩峠」へ 関 巴(せき・ともえ)・静岡県・82歳 どうしても塩狩峠を通ってみたいと真剣に思うようになった。小説『塩狩峠』を読んだからだ。クリスチャンである三浦綾子さんのこの小説は、長野政雄という実在の鉄道員 …サイン
優秀賞 サイン 和井田勢津(わいた・せつ)・青森県・62歳 「そろそろ帰る時間だな」 名残惜しそうに立ち上がると、母は袋から一冊の本を取り出した。 「フミちゃん、この本にサインしてけんだ」 フミ子さんは突然の申し出に …出会えた本に、ありがとう
優秀賞 出会えた本に、ありがとう 西崎めぐ美(にしざき・めぐみ)・大阪府・52歳 「ただいまー、将司(まさし)」と主人が。 「ただいまー、まぁちゃん」と長男が。 「ただいまー、まぁ坊」と長女が。 家族皆が、帰宅するとま …