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「告白」 _読書エッセイ

優秀賞

『告白』

渡部陽菜乃

 おそらくかなりの本好きであろう皆さんの前でこんな話をしていいものか迷ったが、せっかくなので応募させていただこう。だって、今の私は紛れもなく「本が好き」だから。

 なぜこんな前置きをするかというと、私の本好きは咄嗟についてしまった嘘から始まったものだからだ。

 三年前、高校二年生になったばかりの春の日のこと。私はまだ一度も話したことのないクラスメイトの男子のことがなぜかすごく気になっていた。休み時間でも他の生徒とつるまずにいつも一人で本を読んでいた彼。まだこの時は恋愛感情などはなく、他とは違うちょっと異質な存在感を放つ彼が、好奇心の対象としての気になる存在だった。

 だが彼は、手のひらいっぱいに広げた本の向こう側の世界にいつも夢中で私の存在になど気づいてもいないようだった。私はそんな彼が羨ましくてたまらなかった。周りからどう思われるかばかりを気にしている、夢中になれる趣味も何もない私の目に、自分だけの世界を持っている彼の姿は眩しく映った。

 そんなある日、彼が学校を欠席した。私は心配でたまらなくなり、担任の先生やクラスメイトにどうしたのだろうと聞いてまわった。

 そんな私の様子を見て、友達の一人が、

 「どうしてそんなにあの人のことを気にしているの? そんなに仲良かったっけ?」と尋ねた。が、答えられない。どうして? どうしてだろう。わからないけれど、この理由は簡単には口にはできないものだという事だけはすぐにわかった。どうして。その言葉をなぞるたびに私の鼓動は早くなった。

 「いや別に。ほら私今日、日直だし」

 今日が日直で良かった。そう思いながら答えると、彼女は

「あ、そっか。大変だね」と納得してくれた様子だった。危ないところだった。そしてこの気持ちは簡単に他人に知られたくないと思った。なぜ知られたくないと思うのか。その理由を確かめるべく、私は彼に話しかけてみることにした。

 翌日、私が登校すると彼はもう席についていて、いつものように本を読んでいた。彼の姿を一目見た途端、心臓が勝手に跳ねた。どうして。その理由はもうとっくにわかっていたが、私は勇気を出して彼に話しかけた。

 「おはよう。何読んでるの?」

彼は少し驚いたようだったが、すぐに本の表紙をこちらに向けて見せ、答えてくれた。

 「湊かなえの『告白』だよ。知ってる?」

 「あぁ、それ面白いよね」

 違う、やってしまった。つい咄嗟だったとはいえ嘘をついてしまった。面白いよね? 嘘だ。そもそもその本自体知らなかったくせにどの口が言ってるんだ。本当のことを言わなければ、でも嘘をついただなんて、と焦っていると登校してきた別のクラスメイトから話しかけられたのでそれをいいことに私は彼の前から逃げてしまった。

 思ったようにはいかなかったが、とりあえず話すことはできた。こうなったらすべきことはただ一つ。嘘を本当にすることだ。そう思い、私は放課後本屋に走った。雑誌以外のコーナーを歩くのは中学の頃、読書感想文の本を買いに来たとき以来だった。

 本の探し方がわからず、結局書店員さんに場所を教えてもらって購入した。

 その日の夜、読み始めると一瞬にしてその世界に引き込まれた。彼は普段教室にいながら、こんな色鮮やかな世界を旅していたのか。本ってすごいなぁ。私は本の虜になった。

 翌日、彼にもう一度話しかけた。湊かなえの『告白』という共通の話題で盛り上がり、彼女が書いた他のおすすめの本を貸してくれる約束までできた。昨日は嘘をついてしまったが、今日の私は全部本物だ。世間では今の私をニワカというのかもしれないが、本が好きだというこの気持ちは嘘じゃない。それから何度も本を通じて同じ時間を過ごしたが、三年生のクラス替えで別々のクラスになってしまいお互い受験で忙しくなんとなく疎遠になりそのまま卒業を迎えてしまった。

 が、今。このエッセイを書きながらたまらなく彼に会いたくなったので勢いに身を任せ連絡してみたところ、彼もちゃんと話せず卒業したことを後悔してくれていたらしく、次の日曜日に二人で会うことになった。

 教室で本の話をしていたあの日々からもう三年。どうしよう、私はあれからさらに沢山の本を読んだし、彼はきっともっと多くの本を読んだだろう。いくら時間があっても話し足りないだろうな。

 それから、あの日あなたと話したくてとっさに嘘をついてしまったことも、確かにその瞬間は嘘だったけれどもおかげで本の素晴らしさを知れて心から感謝していることも、結局一度もちゃんと言えなかった私の気持ちも、嘘偽りなく全部「告白」できたらいいな。

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