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「ひみつ」 _読書エッセイ

優秀賞

『「ひみつ」』

村上晴美・兵庫県・53歳

 (えっ、またこれ。)幼い娘が持ってきたのは『ひ・み・つ』という絵本だった。「夜寝る前に一冊だけ好きな本を読んであげる」という約束をしていた。毎晩持ってくるその絵本は、兄である息子が小学校一年生の時に読書感想文コンクールの課題図書だった本だ。七夕の夜に主人公が、天国のおじいちゃんと出会ってダンスを踊りたいというおばあちゃんの願いをかなえてあげるという内容だった。娘はなぜかその本を気に入っていて、必ずといっていいほどその本を持って布団にやってくる。私はといえば、「好きな本」と言った手前、拒否できないものの(もっと短い絵本にしたらいいのに。)と思っていた。小学校の教師をしていて忙しく、早く子供たちを寝かしつけて残りの家事や持ち帰りの仕事をしたかった。文章をはしょり、聞き慣れた娘から指摘されながら読み聞かせをする日が続いていた。

職業柄、子供の読書習慣の大切さをよくわかっていた。息子を小学校へ送り出し、保育園へ娘を送り、職場へ向かう毎日。保育園や学童保育の期限の時刻には仕事は終わらず、会議を途中でぬけたり、教材研究や採点などを持ち帰ったりするなど、時間に追われる毎日だった。次々と追い立てるように食事や入浴などの用をすませて寝かしつける日々の中では、ゆっくり子供たちと接することができない。せめて眠る前くらいは添い寝して読み聞かせをしてやりたいと、私自身が決めたことだったのだ。『ぐりとぐら』シリーズや林明子さんの絵本など、自分が子供の頃からあるような定番といえる絵本は自分が読むのも楽しくて、息子が生まれてから買いそろえていった。『だるまちゃん』シリーズの二、三冊は絵だけを見ればそらで言えるほど、息子や娘たちに何度も読み聞かせていた。そういう私の姿を見て、祖父母も私の友達も子供たちに絵本をプレゼントしてくれることが多かった。我が家の子供用の本棚にしていた籐のケースは絵本でいっぱいになっていた。(それなのに)である。いつからか娘は、寝る前に必ず『ひ・み・つ』の本を持ってくるようになっていたのである。

月日は流れ、息子は話しかけなければ自分からはほとんど話さず、私がそばに行くだけでうっとうしそうにする、ある意味まっとうな高校生になった。娘は真面目な努力家で、人前ではあまり感情を表に出さない一見クールな中学生になった。それでも二人とも文章を書くことや文章を読みとる力は比較的あるようで、私は内心(読み聞かせの成果もあるかな)と思うこともあった。

 ある日娘と買い物に行ったとき、本屋で平積みにされた『ぐりとぐら』を見つけた。

「なつかしいわぁ」

という娘に、

「よく読んであげたね。でも一番好きだったのは『ひ・み・つ』っていう本だったよね。いつもあの本を持ってきてたもん。覚えてる」

と聞くと、

「覚えてるよ」

と娘は言い、そしてこうも言った。

「お母さん、なんで私がいつもあの本を持ってきていたかわかる。あのお話が一番長かってん。途中で歌うところもあったし、長いことお母さんが横にいてくれるってわかったから、あの本にしてん」

 それは私にとって十年後の青天の霹靂、娘にとってはまさに「ひみつ」の真実だった。

私は日々の忙しさに(早く寝てくれればいいのに)といらいらしたり、めんどうくさそうに読んだりしていたことを思い出した。「もう一冊読んで。」「もっと一緒にいて。」と言えなかったのだろう。今となってはもう取り返しがつかない。子供に手がかかる時期は、今ふり返れば一刻のこと。親子でふれあう時間、まして一冊の本を介して語り合える時間は、ほんの少しの間のこと。とても大切なときだったのだ。毎晩同じ本を抱きかかえて布団にやってきた娘の心を、とてもいじらしく愛しく思う。私はこの時のこのやるせない気持ちを一生忘れまいと心に刻んだ。

 今、息子も娘も大学生である。教師として、子育ての先輩として人から

「子供にどんな絵本を与えたらいいですか」

と聞かれることがある。私は何冊かあげるが、親が良いと思う本をいろいろ読んであげるといいと答えている。そして大切なことは、一冊の本を一緒に見たり、読んであげたりする親子のふれあいの時間であることを、必ずつけ加えるようにしている。

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