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本といつまでも _読書エッセイ

佳作

本といつまでも

小林 香・長崎県・46歳

 今、幸せかって尋ねられたら、とても幸せだって答えるだろう。私の毎日はいつもそばに本がある。仕事場は学校図書館だ。願ってもない人生だ。大好きな子どもと本。本はこれまでの私の人生で、いつもそっと側にいてくれた。困ったときは助けてくれたし、一緒に多くの楽しい時間を過ごした。だから私は、本にこれまでの感謝の気持ちを込めて残りの人生は本にささげることにしたんだ。

 司書になって授業での調べ物やブックトークなどを行うのに、様々な本と出合った。そして様々な生徒たちと出会った。司書という立場で見る学校は、教師として見ていた学校とずいぶん違っていた。本からいろいろな考え方があることを学んだ。私の価値観はどんどん変わっていった。教師をしていた頃が不幸だったわけでは決してないけれど、どこか生きづらさをかんじていたのは確かだ。今はゆっくりとおおらかな気持ちで過ごせる。そう、自分の本当の生きるペースなんだろう。

 自分が出したものは返ってくるという法則通り、生徒たちは図書館でゆっくりとおおらかな気持ちで学習や読書をしているように見える。普段の成績を気にせずに居られる場所なのかもしれない。「先生、泣ける本読みたいです」や「この本の続きを読みたいから、リクエストしてもいいですか」。寒くなってくると「ハッピーエンドの恋愛小説をおすすめしてください」なんてレファレンスもある。「先生、オレ、本をまともに読んだのは小学二年生までだよ、本読むの苦手だよ」なんて司書に堂々と言い放つ男子生徒もいる。いいよ、いいよ。だって毎日図書館には来てくれるじゃん。いつか運命の本と出合ったら必ず読むようになるから。君たちの未来がどうか本とともに幸せでありますようにと強く願う。

 そんなある日、本好きの女子生徒が「先生、これ読んで! すごくいい!」と本をすすめてくれた。村山早紀の『コンビニたそがれ堂』だった。まだ、学校には入れたばかりで私は読んでいなかった。ファンタジックな作品を書かれる作家さんだったので、実は私の中では後回しになっていた。ごめんなさい。しかし、お得意様の生徒がすすめるということもあって、いっちょこりゃ読んでみるかと読み出した。まずい! ここは電車の中、しかも満員に近い。それなのに喉がぎゅっと絞まって鼻がツンとしてきた。必死に涙をこらえ、続きは家で読もうと決めた。家までの時間が待ち長かった(待ち遠しかった)こと。

 私はもう一度「ごめんなさい」を言わなければならない。すすめてくれた女子生徒にだ。彼女はいろんなジャンルの本を読んでいた。外国物のファンタジー作品が特に好きだった。純粋に本が好きで、いろんなことに興味があっていつも目をきらきらさせていた生徒。だけど、男子生徒にも平気で向かっていくし、みんなが言いにくいことも正しいと信じていることは堂々と言う。なんだか赤毛のアンみたいだと私は思っていた。その生徒がすすめてくれた本は、それこそ元気いっぱいのファンタジーだと思い込んでいたのだ。しかし『コンビニたそがれ堂』は予想を裏切って、心の奥の大切な部分にそっと語りかけ、つらさも憤りも不安も包み込んで「大丈夫だよ」って言ってくれるような作品だった。

 それから私はその女子生徒のことがもっと好きになった。彼女が先生や男子生徒にとる大きな態度にも「いいよ、大丈夫だよ。私が最後まで君の味方でいるから」と心の中で応援した。『コンビニたそがれ堂』の続きも全部蔵書に入れて、村山早紀作品を読みまくって生徒たちにもすすめた。そのおかげで学校には村山ファンがごろごろいる。長崎在住ということもファンにとっては嬉しい限りだ。

 さて、私の勤めている中学校では、秋の読書週間に「読書コピー」なるものを全校生徒から募集している。本や図書館に関するキャッチコピーだ。今年で六回目になるが生徒たちの図書館や本への素直な思いが伝わってくる作品ばかりだ。図書部とともに選ぶのには毎年苦労する。今年の最優秀賞作品は「本を閉じたその後は、もう読む前の私じゃない」に決定した。胸をズキュンと射貫かれたような衝撃だった。そうだ、そうなんだ。読んだ後は喜びも悲しみも、発見も憤りも何もかもが自分の血となり肉となるんだ。魂に刻み込まれるような思いを残す本もある。そうやってちょっとずつ変化して今の私がある。まだまだ未熟だしやりたいことも夢もたくさんある。これからも本と図書館と生徒たちとともに、ちょっとずつ変化していく「今」を楽しもう。

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