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絵本を読むのは楽しいな _読書エッセイ

佳作

絵本を読むのは楽しいな

城田由紀子・奈良県・54歳

 息子の声がぼんやり聞こえる。夢を見ているのだろうか。

「めっきらもっきらどーんどん」

 さっき私が読み聞かせしていた絵本の一節だ。横を見ると息子が小さな手で絵本を持って声を出して読んでいる。ようやく私は布団の上に座ったまま眠っていたことに気がついた。今夜も息子を寝かしつけるために午後九時に絵本を読み始めた。子どもと一緒に横になるとすぐに眠ってしまう。だから最近は決して寝転ばず横で座って読むようにしていた。それでもフルタイムの仕事で疲れ切った私の身体は起きていられなかったのだ。

 息子は私が手から落としたであろう絵本を持って読んでいる。息子は四歳の保育園児。まだ平仮名を読むことができないので絵本の文章とは所々時々違う。でも抑揚をつけた独特の読み方は引きつける何かがある。きっと保育園の先生の読み方をそっくりそのまま覚えてまねをしているのだろう。

「ごめんね。続きを読むね」

 息子から絵本を受け取り読み始めた。まもなくうつらうつらしてくる。同じ文章を繰り返し読んで息子に指摘される。

「同じところばっかり読んでいるよ」

 息子の声で我に返り続きを読む。またしても睡魔が忍び寄る。絵本を取り落としてしまって息子に注意される。

「本が落ちてるよ。続きを読んでよ」

 そんな失敗を繰り返すうちに息子は我慢ができなくなったのだろう。絵本を持ち私の代わりに続きを読み出したのだった。

 ある日、息子は自信満々の笑顔で言った。

「今日は僕が絵本を読んであげるよ」

 思いがけない一言がうれしかった。それと同時に寝ないために座って聞こうと思った。息子は先手を打った。

「よい子はゴロンしてお話を聞こうね」

 優しい口調だが私は困った。ゴロンなんてしたらたちまち眠ってしまう。残した家事をするために真夜中に起きるのはつらい。

「お座りしたまま聞きたいんだけど」

 少し遠慮しながら言った。

「眠くなかったらお目々は開けたままでいいよ。でもゴロンはしようね」

 保育園の先生はきっとこの口調で園児たちに寝転ぶように促しているのだろう。私はしぶしぶ横になる。息子は絵本を持ってゆったりと読み始めた。ひらがなの中で「よ」と「う」の二文字だけ、それは自分の名前なのだが、つい最近わかるようになったばかりだ。それなのにまるでひらがなを全部習得しているかのようにすらすらと読む。自信満々だった笑顔に納得がいった。細かいところまで全部暗記できたのだろう。先日よりずっと上手になっている。それにしても寝転んで息子の読み聞かせを聞くなんて心地よすぎる。癒やされながら気がつけばやはり眠っていた。

「これでおしまい。おやすみなさい」 

 その声で目が覚めた。一冊読み終えたのか満足そうな顔だ。

「上手に読めたね。楽しかったよ」

「いびきをかいていたのに?」

「いびきをかいていた? ごめんね。あんまり上手だからついつい眠くなっちゃった」

「いいよ、ごめんねなんて言わなくても。絵本を読むのは楽しいな」

 息子の「絵本を読むのは楽しいな」。この一言が私を救ってくれた。

 私が絵本を読まなくてはいけない。私が息子を寝かさなければならない。早く寝てくれたら続きの家事ができるのに。早く一冊読み終えて部屋の明かりを消そう。そんな思いが常に頭にあった。私は全く余裕がない状況で読み聞かせをしていたので、最近は楽しむどころか苦痛にさえなっていた。

 私も息子のように絵本を楽しめばいいんだ。息子と一緒にお風呂に入っているのだからそのまま絵本を読みながら、または息子の読み聞かせを聞きながら寝てしまっていい。翌朝は早起きをして前夜の残した家事を片付よう。そう思ったら急に心が軽くなった。

 翌日の午後九時。寝転んだら二人で絵をじっくり見ることができた。このまま眠っていいという安心感は私の心を穏やかにした。私は息子の読み聞かせを聞きながらすぐに熟睡モードに入ったらしい。途中目覚めることもなく早朝にはすっきり目覚めることができた。   

 翌朝、夫が思わず笑ってしまった二人の様子を教えてくれた。息子は絵本を読み始めてから私が眠ったことを確認するとすぐに黙読に切り替えていたらしい。

「親がいびきをかき、隣で子どもが絵本を静かに読んでいる。ほほえましい情景だったよ」

 週末に図書館に行き、保育園で読んでもらっている絵本を借りる。我が家の午後九時は息子が私に読み聞かせをしてくれる時間。私は日々上手になる読み聞かせに感心しつつ眠りにつくのが楽しみになった。息子は眠くなるまで絵本を読めることが楽しみになった。

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