佳作
おばあちゃんとの読書
今井貴之・埼玉県・28歳
一ヶ月だけおばあちゃんの家で、僕とおばあちゃんの二人で住んでいたときがある。
一人暮らしをしていたおばあちゃんの体調が少し悪くなり、誰かがそばにいたほうが良いという話になって、実家でブラブラしていた僕に白羽の矢が立ったのだった。
おばあちゃんの家にいるといっても何を手伝うわけでもない。病院に行くときに一緒についていくのと、お皿を洗うぐらいは僕がしていたが、家の中ならある程度動けていたおばあちゃんは、洗濯も掃除も全部自分でやっていた。お世話になっていたのは、圧倒的に僕のほうだった。
おばあちゃんの家での一番の僕の仕事は、図書館へ本を借りに行くことだった。好きな作家の名前を教えてもらい、その作家の読んでいない本をたくさん借りてくる。森村誠一、西村京太郎、内田康夫、池波正太郎など、おばあちゃんの好きな作家はたくさんいた。
毎回十冊以上借りるので、持っていったトートバックはいつも本でパンパンだった。
おばあちゃんの家には昔から本がたくさんあった。子供の頃は本に全然興味がなくて、おばあちゃんが楽しそうに本を読んでいる理由が分からなかった。高校生のときにおばあちゃんに勧められた推理小説を読んでみたらとても面白くて、僕も本を読むようになった。
本を読む特等席は掘り炬燵だ。みかんやおせんべいも置いてあり、温かいお茶を飲みながら、おばあちゃんと向かい合って座ってじっくりと本を読む瞬間はとても幸せだった。
おばあちゃんはメモを取りながら本を読んでいる。
「どうやら怪しい人がいるのよ。たぶんこの人が犯人じゃないかと思うんだけど」
おばあちゃんは嬉しそうに語る。薬を飲むのは忘れても、本を読むのは絶対に忘れないおばあちゃんなのであった。
本を一生懸命読むと、お腹が空く。僕はおばあちゃんの手作りのご飯をお腹いっぱい食べるのも好きだった。夜ご飯を食べながら、お互いに読んでいた本の感想を言い合うのが習慣だった。
こんな生活がずっと続けばいいと思った。
ある日、おばあちゃんの体調が今まで以上に悪くなってしまい、本を読むこともままならなくなってしまった。
「本が読めない生活がこんなに辛いなんてねえ」
おばあちゃんは本当に悲しそうに言った。
そこで、僕がおばあちゃんに朗読をして本を読むことにした。本を朗読するのは初めてだったので最初は照れくさかった。聞き取りやすいように大きな声で読むように心がけた。
朗読してみて分かったのが、じっくり本を読んでいくので、今まで以上に頭に物語がしっかり入ってくる、ということだった。朗読する本は、推理小説が多かった。おばあちゃんと一緒に本を読んでいるので、どちらも推理しながら読んでいた。
「あ、犯人が分かったわ」
本を朗読している途中で、先におばあちゃんにそう言われると少し悔しい。次第に、どちらが先に犯人を当てられるかのバトルになっていく。ただ、推理小説をたくさん読んでいるおばあちゃんのほうが圧倒的に事件の犯人やトリックに気づくのが早くて、僕は大体負けていたのだけれど。
朗読に慣れてきたころ、次第におばあちゃんの体調は良くなってきた。
「もう元気になったし、一人で大丈夫だから。今までありがとうね」
ある日の食事中に急にそう言われたので、僕は驚いてしまった。おばあちゃんが元気になったことは嬉しかったが、二人の生活が終わってしまうのが寂しかった。
「また、おばあちゃんの家に来ていい?」
「もちろんだよ。朗読もまたよろしくね」
おばあちゃんは満面の笑みでそう言ってくれた。
おばあちゃんの家にいた一ヶ月で、僕は本が今まで以上に好きになった。本の面白さを語るおばあちゃんの目は、キラキラしていた。
今でもよくおばあちゃんの家に遊びに行く。もちろん、本を片手に。