国民読書年特別賞
ふれあい家庭図書室
阿部広海・静岡県・52歳
どの風にのっていこうか赤とんぼ
カブト虫おまえもひどい日やけだな
夕やけさんどの子さらっていこうかな 三男(佑三)が小学三年生の時に作った俳句である。
生まれつき顔面に大きな血腫(アザ)のあった佑三は、それが原因で人前に出るのを嫌がり家に引きこもるようになってしまった。学校も不登校が続き、将来を案じ悩んでいた。
唯一、佑三の好きなこと、それは本を読むことだった。一日中、自分の部屋で絵本や物語を読んで過ごしていることが多かった。
「そうだ開放的で明るい本が読める部屋を造ってやろう」。そう思って家の模様替えをすることにした。一階の居間と応接間、私の書斎の壁をとり払い、ワン ルームにして広い空間の「家庭図書室」を造った。家中にある本を一ケ所に集め、腰壁に造り付けの本棚を設け、そこに絵本、図鑑、伝記、物語、小説、雑誌、 マンガ本など種別に整理して置いた。
図書室の外側はL字型に広縁を造り、塀もなくし、前庭と道路を一体化させ、近所の人たちも自由に出入りできるように、そして気軽に図書室を使ってもらえ るように考えてみた。また子供たちが楽な姿勢で本が読めるようにフロアと広縁には体操用のマットを敷き、コーナーには作業台とイスを置いた。個室としての 子供部屋は一切なくし、勉強も遊びも妻の家事室も、私の書斎も、全てこの図書室で行うワークルームを兼ねた多目的な部屋である。
私の思惑は的中した。何よりも大好きな本がいっぱいある広々とした空間は、佑三にとってとても居心地の良い場所だったのだろう。一日中、本に接し、自分 の時間を楽しんで過ごしていた。ただ以前と違うのは、個室ではないので自然と家族がそこに集まり、本を通しての会話が生まれていった。採ってきた昆虫や植 物を図鑑で調べ合ったり、同じ物語をみんなで読んで感想を言い合ったり、時には読書会を計画したりして本を媒体に家族のコミュニケーションが自然にとれる ようになっていった。夕食の団らんも、もっぱら読書談義に花が咲き、佑三も笑顔をとりもどしていった。
日中、天気の良い日には、近所の若いお母さん方が赤ちゃんを連れて絵本を見に立ち寄ってくれる。五人、六人と、まるで保育園のように賑やかである。そん な光景を見ながら佑三は一人黙々と読書にふけっている。少し慣れてくると赤ちゃんの遊び相手になったり絵本を読んで聞かせて一緒に楽しく過ごすようになっ ていった。
学校が休日の週末になると、同級生たちが図書室に遊びに来るようになった。読書感想文の宿題がでたからといって本を借りに来る子。家で不用になった雑誌 や文庫本をもって来てくれる子。大好きな連載のマンガ本が見たくて立ち寄ってくれる子。学校の様子、友だちのこと、家での出来ごとなど、みんなでワイワイ 言いながら本を広げている。佑三もはじめは恥かしがっていたが、今ではすっかりうち解けて一緒にはしゃいでいる。小さい頃から絵本を通じて親友になったK 君とは、時間があれば童話や紙芝居を創って、町の文化祭に出品しては創作の面白さを実感しているようだ。
我が家にはテレビもゲーム機もない。本がいっぱいの家庭図書室が、とっておきの遊び場であり、学びの場である。そして最高の一家団らんの空間でもある。 家族がふれ合い、地域の人々とのコミュニティーの場として活用していただきうれしい限りである。
一日が終り、就寝前、図書室のマットの上に寝ころんで子供たちに昔話や落語を、私も楽しみながら聞かせてやる。私流の拙い家庭文庫学校であるが、子供た ちと日々ふれ合う中で本を見る楽しさ、聞く喜び、創る面白さを味わい、様々な感情表現をするようになっていった。冒頭の俳句もその一つかもしれない。
学校に行かなくても、自分の一番居心地の良い所で夢中になれるものがあればそれでいい。笑顔と心のふれ合いを何よりも大切にしたかった。
そんな生活が二年半くらい続いただろうか。夏休みも今日で終る、明日から二学期が始まる、という前の夜の事だった。
「ボク…あした学校へ行くよ…」といったのである。
九月一日、一年がかりで取りくんだ「ダンゴ虫の自由研究」の作品をもって、笑みをいっぱい浮かべながら、うれしそうに登校して行った。妻と一緒に彼の後姿を見送りながら「ガンバレよ」と私はエールを送った。